病院は病気を治す場所ですが、同時に「命に関わる機械」や「複雑な手順」がひしめき合う、リスクと隣り合わせの場所でもあります。
昨年7月、鹿児島県出水(いずみ)市の病院で、入院中の患者さんが亡くなるという痛ましい事故が起きました。原因は「呼吸器の管(くだ)が外れたこと」。
一見すると「すぐに繋ぎ直せばよかったのでは?」と思うかもしれません。しかし、この事故の裏側には、現代医療が抱える「機械と人」の難しい問題が隠されています。今回はこの事例を通して、医療安全について一緒に考えてみましょう。

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事故の現場で何が起きたのか

まずは、事実関係を整理します。この事故は、特別な手術中に起きたわけではなく、入院生活という日常の中で発生しました。
誤嚥性肺炎とコロナで闘病中だった91歳男性
事故が起きたのは、鹿児島県にある出水総合医療センターです。 被害に遭われたのは91歳の男性患者さんでした。男性は誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)と新型コロナウイルス感染症の治療のために入院しており、呼吸を助けるための「マスク型呼吸器」を装着していました。
「命綱」が外れていた

事故の直接的な原因はシンプルです。 マスク型の呼吸器と、酸素を送る機械をつなぐ「接続部分」が外れてしまったのです。人間で言えば、スキューバダイビング中に酸素ボンベのホースが外れてしまったような状態です。 結果として、患者さんは亡くなりました。
なぜ「外れたこと」に気づけなかったのか?

ここからが本題です。 医療現場では、管が外れること自体は(あってはならないことですが)稀に起こります。患者さんが寝返りを打ったり、無意識に手で触れてしまったりするからです。
重要なのは、「外れた瞬間に、なぜ誰も気づけず、助けられなかったのか」という点です。病院側は原因を「呼吸器回路の管理に問題があった」と発表しました。これをわかりやすく分解すると、2つの「落とし穴」が見えてきます。
① 機械の「アラーム」は鳴らなかったのか?

今の医療機器はとても優秀です。呼吸器の回路が外れて圧力が変われば、「ピーッ!異常です!」と大きな音で知らせるアラーム機能がついているのが一般的です。
- アラームの設定は正しかったのか?
- あるいは、アラームは鳴っていたけれど、スタッフが他の音と勘違いしたり、聞こえない場所にいたのか?
- そもそも、外れたときにアラームが鳴らないような設定になっていたのか?
「機械があるから安心」ではなく、「機械が正しく作動し、それを人間が感知できる環境だったか」が問われます。
② 人による「目視」の限界

機械だけに頼らず、看護師たちは定期的に病室を巡回(ラウンド)します。 「管は外れていないか」「患者さんの顔色は良いか」を目で見て確認するためです。
今回のケースでは、この「人の目によるチェック」の網の目もすり抜けてしまいました。発見が遅れた背景には、スタッフの人数不足や、業務の忙しさがあったのかもしれません。「機械の監視」と「人の監視」、この2つの守りが同時に破られたとき、事故は起こるのです。

事故後の対応が示す「責任」の重さ

医療事故が起きたとき、その組織がどう対応するかで、その後の信頼は大きく変わります。今回の出水総合医療センターと出水市の対応は、非常に迅速かつ明確でした。
「管理の問題」を認め、謝罪
病院側は「不可抗力(仕方なかった)」とはせず、「自分たちの管理に問題があった」と認めました。 そして、市のトップである市長も「深くおわび申し上げます」と公式に謝罪し、ご遺族に対して300万円の賠償金を支払う方針を決めました。
これは単にお金を払って終わり、という意味ではありません。 「組織としてミスを認め、隠さずに公表する」ことこそが、同じ悲劇を繰り返さないための第一歩だからです。隠蔽(いんぺい)体質こそが、医療安全の最大の敵なのです。
私たちが学ぶべき3つの教訓

この事故は、決して遠い世界の話ではありません。私たちが医療を受ける側になったとき、あるいは将来医療に関わる仕事を目指す人にとって、非常に重要な教訓を含んでいます。
教訓1:ハイテク機器を過信しない

「最新の機械をつけているから絶対に安全」ということはありません。どんなに高性能な呼吸器も、設定ひとつ間違えれば機能しません。「機械はいつか壊れるし、間違えるかもしれない」という前提で、人間が監視する必要があります。
教訓2:「当たり前」の確認こそ最強の安全策

「管がつながっているか確認する」。これは医療現場では基本中の基本です。しかし、忙しい業務の中では、その「当たり前」がおろそかになる瞬間があります。 「たぶん大丈夫だろう」ではなく、「もしかしたら外れているかもしれない」と疑って確認すること(指差し確認など)の重要性を、この事故は教えてくれています。
教訓3:透明性が未来の命を救う

失敗したときに、それを正直に話すのは勇気がいります。しかし、今回の病院のように事実を明らかにし、原因を分析することで、他の病院も「うちの病院は大丈夫か?」と点検することができます。 一箇所の失敗からの学びを社会全体で共有すること。それが、次の誰かの命を救うことにつながるのです。
まとめ:医療安全は「チーム戦」

医療は、医師や看護師だけでなく、医療機器エンジニア、そして患者さんや家族も含めた「チーム」で行われるものです。
今回の事故は、たった一つの管の接続部から始まりました。しかし、それを防ぐためには、機械のシステム、スタッフの配置、確認のルールなど、幾重もの安全策が必要だったことがわかります。
亡くなられた患者さんのご冥福をお祈りするとともに、この事例がこれからの医療現場をより安全なものにするための「道しるべ」となることを願ってやみません。


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