なぜチェックは4年間すり抜けたのか。大垣市民病院の紛失事案に学ぶ、ヒューマンエラーの正体

大垣市民病院で発生した「国際規制物資(酢酸ウラニル)」の所在不明事案。

「放射性物質」「所在不明」という言葉が並ぶと、どうしても怖いイメージや大きな事件性を感じてしまいますよね。しかし、公表された報告書を深く読み解いていくと、そこには悪意ある犯罪ではなく、どの職場でも起こりうる「ヒューマンエラーの連鎖」と「引き継ぎの落とし穴」がありました。

今回は、このニュースを単なる不祥事としてではなく、私たちの仕事や生活にも通じる教訓として、わかりやすく紐解いていきます。


音声のみはこちら↓

目次

そもそも「酢酸ウラニル」って危険なの?

まず、今回なくなってしまった「酢酸ウラニル」とは何者なのでしょうか。

昔は普通の検査薬だった

名前に「ウラン」と入っているため驚かれるかもしれませんが、かつては電子顕微鏡で細胞などの組織を観察する際、見やすく色をつける「染色液」として一般的に使われていた薬品です。

昭和52年(1977年)に「国際規制物資」に指定され、国の厳しい管理下に置かれることになりましたが、それ以前は比較的普通に流通していました。

実際の危険性は?

報告書によると、以下の通りです。

  • 放射線の影響: 極めて低い
  • 人体への影響: 直接飲んだり吸い込んだりしない限り、直ちに害があるものではない

つまり、「持っているだけで被曝して倒れる」といった類のものではなく、あくまで「劇物として厳重に管理すべきだが、置いてあるだけで周囲に危害を加えるものではない」という性質のものです。


なぜ4年間も「ニセモノ」を管理していたのか?

今回の事件で最も衝撃的だったのは、「4年間にわたり、別の薬瓶を『本物』だと思い込んで国に報告し続けていた」という点です。

なぜ、そんなコントのような勘違いが起きてしまったのでしょうか。

きっかけは「引き継ぎ」の瞬間

時計の針を令和4年(2022年)1月に戻します。

担当者が退職し、新しい担当者へ業務が引き継がれました。この時、薬品庫には「使われなくなった古い薬品」がたくさん眠っていたはずです。

ここで致命的な「思い込み」が発生します。

新担当者は、キャビネットにあった「別の薬瓶」を見て、「ああ、これが例の酢酸ウラニルだな」と誤認してしまいました。

「使わない」からこそ気づかない

実は、この病院では平成21年(2009年)に電子顕微鏡を廃棄しており、それ以来10年以上、この薬品は一度も使われていませんでした。

「使う予定はないけれど、法律上勝手に捨てられないから保管しているだけ」

そんな「永久保存(という名の放置)」状態だったことが、確認の目を曇らせました。誰も中身を開けて確認する必要がなかったため、誰も間違いに気づかなかったのです。

ルーチンワーク化した報告業務

担当者はその後、年2回、原子力規制委員会へ「異常なし」と報告を続けていました。

しかし、その時見ていたのは「ニセモノの瓶」。

「前回もこれだったから、今回もこれでヨシ」

そんな前例踏襲のルーチンワークが、4年間という長い空白の時間を作ってしまいました。


発覚の経緯に見る「セカンドオピニオン」の重要性

このミスが発覚したのは、令和8年(2026年)1月7日。きっかけは意外なところからでした。

現担当者が報告書を作る際、ふと疑問に思って「前々任者(前の前の担当者)」に相談したのです。すると、「あれ? 話が噛み合わないぞ?」という疑惑が浮上。

急いで退職した「前任者」を病院に呼んで確認してもらったところ、衝撃の一言が放たれました。

「これ、違いますよ」

こうして初めて、「本物の酢酸ウラニルがどこにもない」という事実が確定したのです。もし担当者が一人で抱え込んでいたら、この事実はさらに数年、闇に埋もれていたかもしれません。


私たちが学ぶべき教訓

このニュースは、対岸の火事ではありません。

「病院の管理がずさんだった」と批判するのは簡単ですが、似たような状況はあらゆる職場に潜んでいます。

1. 「使わないもの」こそリスクが高い

毎日使う道具なら、なくなればすぐに気づきます。しかし、倉庫の奥で眠っている「いつか使うかもしれない書類」「昔の備品」は、誰も見ていないからこそ、いつの間にか紛失したり、状態が悪化したりしがちです。

2. 引き継ぎは「現物・現場・現実」で

マニュアルや口頭だけの引き継ぎは危険です。「これです」と指差し確認すること、そして「なぜこれがあるのか」という背景まで伝えることが、思い込みを防ぐ唯一の手段です。

3. 「前回通り」を疑う

「先輩がこうしていたから」「去年もこれで通ったから」。

その思考停止が、ミスを長生きさせます。時々は「本当にこれで合っているのか?」と立ち止まる勇気が、組織を守ることにつながります。


おわりに

大垣市民病院は速やかに警察や規制委員会へ報告し、再発防止策として「複数人でのチェック体制」や「引き継ぎ時の現物照合の義務化」を掲げました。

17グラムの粉末が消えたミステリー。それは、私たちの日常業務に潜む「慣れ」や「思い込み」という落とし穴を、改めて教えてくれているのかもしれません。

参考元

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