「気をつけていたのに」なぜミスは起きる? ニュースから学ぶ、自分と患者さんを守る「医療安全」の授業

目次

はじめに:医療事故は「不運」ではなく「仕組み」の問題

医療の現場を目指す皆さん、そして現場で奮闘する皆さん、こんにちは。 ニュースで「医療事故」や「投薬ミス」の報道を見るたびに、「自分もいつかやってしまうのではないか」と怖くなることはありませんか?

その恐怖心は、プロとしてとても大切な感覚です。しかし、過度に恐れる必要はありません。なぜなら、事故は「運が悪かった」から起きるのではなく、必ずどこかに「防げるはずだった仕組みの穴」があるからです。まずは、事故に対する見方を「個人の責任」から「システムの課題」へと変えることから始めましょう。

誰もわざと間違えたりしない。それでもミスが起きる理由

医療現場で働く人は、誰もが「患者さんを助けたい」「元気に帰したい」と願っています。わざと間違えようとする人は一人もいません。

それでも、ベテランの医師や看護師ですらミスをしてしまうのはなぜでしょうか? それは、私たちが「人間だから」です。

人間はロボットではありません。体調が悪い日もあれば、悩み事がある日もあります。緊急の患者さんが運ばれてきて焦ることもあれば、夜勤明けで思考力が落ちることもあります。そういった「人間としての限界(ヒューマンファクター)」がある限り、どんなに優秀な人でもエラーを起こす可能性は常にゼロではないのです。

「注意不足」で片付けない。仕組みで守るという考え方

事故が起きたとき、一番やってはいけない反省の仕方が「次はもっと気をつけよう」「しっかり確認しよう」という精神論です。

「注意する」というのは、個人の集中力に依存する方法です。しかし、人間の集中力には限界があります。 本当に必要なのは、「注意力が落ちている時でも、ミスが患者さんに届かない仕組み」を作ることです。

  • 人間は間違える。
  • だから、間違えても事故にならないように「ガードレール」や「ブレーキ」を用意する。

これが、現代の医療安全の基本的な考え方です。


脳はすぐサボる? 「うっかり」が起きるメカニズム

「自分はしっかりしているから大丈夫」と思っていませんか? 実は、人間の脳はとても省エネ志向で、無意識のうちにサボろうとするクセがあります。 ここでは、脳科学的な視点から「うっかりミス」の正体を見ていきましょう。

疲れていると起きる「思い込み」の怖さ

忙しい時や疲れている時、脳は情報を効率よく処理するために「近道」をしようとします。これを心理学用語で「ヒューリスティック」と呼びます。

例えば、「0.5g」と書かれたラベルを見た時、脳が勝手に使い慣れた「50mg」だと変換してしまうことがあります。 「いつもの薬だ」「いつもの場所に置いてある」という経験が邪魔をして、目の前の事実(ラベルの文字)よりも、脳内の記憶(いつもの感覚)を優先させてしまうのです。

これは「不注意」というより、脳がエネルギーを節約しようとする「本能」に近い働きです。だからこそ、意識だけで防ぐのは非常に難しいのです。

穴の空いたチーズ? 事故がすり抜ける「スイスチーズモデル」

医療事故は、たった一つのミスだけで起きることは稀です。 ここで有名な「スイスチーズモデル」を想像してみてください。

スイスチーズにはあちこちに穴が空いていますよね。このチーズのスライス一枚一枚を「安全対策(確認)」だと考えてください。

  1. 1枚目のチーズ(医師の指示):うっかり書き間違えた(穴を通過)
  2. 2枚目のチーズ(看護師の準備):思い込みで準備した(穴を通過)
  3. 3枚目のチーズ(ダブルチェック):忙しくて見逃した(穴を通過)
  4. 4枚目のチーズ(患者確認):名前確認を省略した(穴を通過)

普段はどこかのチーズ(対策)がミスを食い止めますが、偶然すべての穴が一直線に重なった時、ミスは患者さんに到達し、重大な「事故」となります。 事故を防ぐには、穴をふさぐか、チーズの枚数を増やすしかないのです。

「ヨシ!」と言ったのに…ダブルチェックが効かない瞬間

「二人で確認すれば完璧」と思われがちなダブルチェックですが、ここにも落とし穴があります。

あなたが先輩と一緒に確認する時、「先輩が見ているから大丈夫だろう」と無意識に思っていませんか? 逆に先輩も「後輩が準備したんだから大丈夫だろう」と思っているかもしれません。

これを「社会的手抜き(リンゲルマン効果)」「追認バイアス」と言います。 二人が形式的に「ヨシ!」と言っても、脳がお互いに依存して思考停止していたら、それは「0人のチェック」と同じです。ダブルチェックは、お互いが「相手は間違っているかもしれない」という疑いの目を持って初めて機能するのです。

ニュースで見る「まさか」の事故。現場で何が起きていたの?

テレビやネットのニュースで医療事故の報道を見ると、「そんな基本的なことを間違えるなんて信じられない」と思うかもしれません。しかし、事故を起こした現場も、普段は私たちと同じように真面目に働く医療チームでした。 彼らはなぜ、その瞬間にミスをしてしまったのでしょうか? ここでは、実際に起きた3つの事例の「裏側」にある心理と状況を紐解いていきます。

「150」が「1500」に。桁違いのミスと計算の罠

西神戸医療センターで起きた、5歳未満のお子さんへの過量投与事例です。 医師の指示は「150mg」でした。しかし、実際に投与されたのはその10倍の「1500mg」。 なぜ、こんなにも量が違ってしまったのでしょうか?

原因は、薬の小瓶に書かれた単位の読み間違いでした。 その薬は1瓶に「0.5g(=500mg)」入っていました。しかし、看護師はパッと見て、使い慣れた単位である「50mg」だと思い込んでしまったのです。

  • 看護師の脳内計算: 「150mg必要だから、この(50mgだと思い込んでいる)瓶が3本必要だ」
  • 現実: 500mg × 3本 = 1500mg

「3本も使うの?」という小さな違和感も、「計算上合っている(と思い込んでいる)」という確信にかき消されてしまいました。これは、誰にでも起こりうる「単位の罠」です。

先生と連絡がつかない! 焦りが招いたルールの逸脱

新潟市民病院では、看護師が医師の指示を仰がずに、独断で医療用麻薬の処方箋を作成し、投与してしまうという事例がありました。 通常、麻薬の扱いは非常に厳格で、医師の署名が絶対に必要です。なぜ、そんな危険な橋を渡ってしまったのでしょうか。

背景には「医師と連絡がつかない」という状況がありました。 患者さんは苦しんでいるかもしれない。でも先生は捕まらない。 「早くなんとかしてあげたい」という善意と焦りが、「今回だけなら…」という心の隙を生みました。結果として、法と安全のルールを飛び越えてしまったのです。これを「ワークアラウンド(近道行動)」と呼びますが、近道の先には崖が待っていることが多いのです。

「いつもの棚」に潜む罠。期限切れの薬を使ってしまった話

富士市の病院では、使用期限が1ヶ月過ぎた薬が患者さんに投与されました。 看護師たちは、薬の名前(薬剤名)と量(容量)はしっかり確認していました。しかし、「期限」だけが視界から抜け落ちていたのです。

これは、病棟に常備されている「定数配置薬(フロアストック)」を使った際に起きました。 「いつもの棚に、いつものように置いてある薬」は、無意識に「使えるものだ」と信じ込んでしまいます。確認する項目が「名前と量」に集中してしまい、期限という情報の優先順位が下がってしまった典型的な例です。

「頼まれたから大丈夫」? 患者取り違えはこうして起きる

日本医療機能評価機構の報告で最も多いのが、このパターンです。 例えば、先輩から「〇〇さんの点滴、交換しておいて」と頼まれたとします。 あなたは病室に行き、そこにいる患者さんを「〇〇さんだ」と思い込んで、リストバンドを確認せずに点滴を繋いでしまう…。

なぜ確認をサボったのでしょうか? それは、心のどこかで「先輩が指示を出した時点で、患者さんの確認は済んでいるはずだ」と信頼してしまったからです。これを「肩代わりした信頼」と言います。しかし、先輩も人間です。指示自体が間違っている可能性だってあるのです。


そこには共通点があった! ミスを誘う「見えない落とし穴」

こうして事例を見ていくと、事故はバラバラに起きているようで、実は共通する「原因の種」があることがわかります。 個人の不注意ではなく、現場の環境そのものに潜む「見えない落とし穴」とは何でしょうか。

その表示、見にくくない? 単位やラベルのトリック

「0.5g」と「50mg」。 落ち着いて見れば全然違う数字ですが、夜勤明けの薄暗い病室や、緊急時の慌ただしいナースステーションで見ると、とても紛らわしく見えます。 また、薬のパッケージ(アンプル)のデザインが似ていることも問題です。 「青いラベルだからあの薬だ」と色で判断するクセがついていると、メーカーがデザインを変えた瞬間に事故が起きます。 分かりにくい表示や似通ったデザインは、それ自体がエラーを誘発する「罠」なのです。

「言葉」はあてにならない。口頭指示の危うさ

「いちご(15)入れて」と言われた時、騒がしい現場では「ごじゅう(50)」と聞こえるかもしれません。 口頭での指示は、証拠が残らない上に、聞き間違い(ヒアリングエラー)のリスクが非常に高い伝達方法です。 特に日本語は同音異義語が多く、数字の聞き間違いも起きやすい言語です。「紙や画面で指示を見る」という基本を飛ばすと、言葉は簡単にすれ違ってしまいます。

「今回だけ特別」が一番危ない。近道の代償

「忙しいから、ここ省略しちゃおう」 「先生がいないから、後でサインもらえばいいや」

こうした正規の手順を飛ばす行為を「ショートカット」「ワークアラウンド」と言います。 その場は早く終わってうまくいくかもしれません。しかし、それは「安全確認」というガードレールを自分で撤去して走っているのと同じです。 一度成功すると「次も大丈夫だろう」と感覚が麻痺し、いつか必ず大事故に繋がります。「今回だけ」は、事故への招待状です。

薬剤師さんがいない場所(病棟在庫)のリスク

通常、薬は「医師が処方」→「薬剤師が監査(チェック)」→「看護師が投与」という流れで、何重ものチェックを受けます。薬剤師さんは、間違いを止めてくれるゴールキーパーのような存在です。

しかし、病棟の棚にある「定数配置薬」を使う時、そこに薬剤師さんはいません。 医師の指示が出たら、看護師が棚から取り出し、そのまま患者さんに投与します。 つまり、ゴールキーパーがいない状態です。 「ここで間違えたら、止めてくれる人は誰もいない」という高いリスク認識を持つことが、定数配置薬を扱う際の絶対条件なのです。

呪文のように唱えるだけじゃダメ? 「6R」を最強の武器にする方法

医療現場には「6R(シックス・アール)」という、安全確認のための世界共通の合言葉があります。 でも、これをただのお経のように「ヨシ、ヨシ、ヨシ…」とリズムだけで唱えていませんか? それだと、脳は何も見ていないのと同じ状態になってしまいます。

基本の6つ(患者・薬・目的・用量・経路・時間)をおさらい

まずは基本の武器を確認しましょう。指差し確認する時は、この6つを意識します。

  1. Right Patient(正しい患者さん):この薬は、本当にこの人のものか?
  2. Right Drug(正しい薬剤):薬の名前は一文字も違わないか?
  3. Right Purpose(正しい目的):なぜこの薬を使うのか、理由を知っているか?
  4. Right Dose(正しい用量):計算や単位は合っているか?
  5. Right Route(正しい経路):点滴か、飲み薬か、どこに入れるのか?
  6. Right Time(正しい時間):今、このタイミングで使っていいのか?

慣れてきた頃が一番怖い。「確認したつもり」の壁

新人研修を終えて仕事に慣れてきた頃、人は無意識に「オートパイロットモード」に入ります。 指はリストバンドを差しているし、口では「ヨシ」と言っている。でも、目は文字を滑っているだけで、脳に情報が入っていない。これを「確認の形骸化(けいがいか)」と呼びます。

「自分は慣れてきたから大丈夫」と思った瞬間が、一番危ない時です。「今の確認、本当に文字を読んだかな?」と、常に自分の脳を疑うクセをつけましょう。

物理的に止める! バーコードやチェックリストの活用

人間の目は疲れると見落としをします。だからこそ、機械の力を借りましょう。 最近の病院では、患者さんのリストバンドと薬のバーコードを「ピピッ」と読み取るシステム(認証システム)が増えています。 もし機械が「ブブーッ!(エラー)」と鳴ったら、それは機械が間違っているのではなく、あなたが何かを見落としているサインです。「機械なんて面倒くさい」と思わず、頼れる相棒として活用してください。


「〇〇さんですか?」はNG! 患者取り違えを防ぐ「名乗り」の技術

患者さんのベッドサイドに行って、一番最初にやるべきこと。それは「この人が本当にその人か」を確定させることです。

うなずくだけでは確認にならない理由

「田中さんですか?」と優しく声をかけたとします。患者さんがニッコリうなずきました。 これで確認OK!……ではありません。これが一番危険な罠です。

耳が遠い高齢の患者さんや、認知症のある患者さんは、誰に名前を呼ばれても「はい」とうなずいてしまうことがあります。また、単に愛想よく挨拶を返してくれただけかもしれません。 「うなずき」は、本人確認の証拠にはならないのです。

「お名前を教えてください」+リストバンドが鉄則

確実な方法は、患者さん自身の口から名前を言ってもらうことです。これを「能動的(アクティブ)確認」と言います。

  1. あなた:「お名前をフルネームで教えていただけますか?」
  2. 患者さん:「田中 太郎です」
  3. あなた:(手元の指示書と、患者さんのリストバンドを一文字ずつ見比べながら)「はい、田中太郎さんですね。ありがとうございます」

ここまでやって初めて「確認完了」です。

同姓同名どうする? 生年月日でもう一度ロックをかける

「田中太郎さん」が病棟に二人いたらどうしますか? 実際にありえる話です。 その場合は、もう一つの鍵を使います。それが「生年月日」です。 「生年月日も教えていただけますか?」と聞き、ID番号なども照らし合わせることで、間違いを限りなくゼロに近づけることができます。


「150」と「1500」の見間違い。桁違いのミスをどう防ぐ?

西神戸の事例のような「10倍投与」は、患者さんの命に直結します。どうすれば数字のトリックを見破れるでしょうか。

計算は別々にやる。「なぞり計算」は意味がない

二人で計算を確認する時、先輩が計算したメモを見て「うん、合ってますね」と言うのは危険です。先輩が間違っていたら、あなたも同じ間違いに引きずられてしまうからです。

正しいダブルチェックは、「独立して」行うことです。 先輩が計算している間、あなたは別の場所でゼロから計算します。そして最後に「私は3本になりました」「私もです」と答え合わせをする。これなら、お互いのミスを確実に発見できます。

g(グラム)とmg(ミリグラム)を絶対に見逃さないコツ

「0.5g」と「500mg」は同じ量ですが、見た目が違います。 指示書やラベルを見る時は、数字だけでなく、必ずそのお尻についている「単位」に丸をつけるくらいの気持ちで注目してください。 病院によっては、システム画面で「g」と「mg」を大きく色分けしているところもあります。それくらい、単位は間違えやすい場所なのです。

「量が多すぎない?」という違和感を大切にする

計算結果が「小瓶3本」や「アンプル5本」になった時、手を止めて考えてみてください。 「普段、こんなにたくさん使うことあったっけ?」 「子どもの体に、こんな大量の薬を入れて大丈夫かな?」

その「なんとなく変だな」という直感(違和感)は、実は脳が過去の経験と照らし合わせて出している重要な警告サインです。 違和感を無視して「計算がこうなったから」と進めるのではなく、一度立ち止まって誰かに相談する勇気を持ちましょう。


そのチューブ、どこに繋ぐ? 投与ルートの間違いを防ぐには

点滴のチューブ(ライン)は、患者さんの体から何本も出ていることがあります。繋ぐ場所を間違えると、薬が血管ではなく皮下に漏れたりして、重大な事故になります。

準備で安心せず、繋ぐ直前にもう一度見る

ナースステーションで完璧に準備しても、ベッドサイドで間違えては意味がありません。 事故は、患者さんの体に繋ぐ「カチッ」という接続の瞬間に起きます。 「準備したから大丈夫」ではなく、接続するその瞬間に、「このラインは静脈(血管)に行っているか?」を目でたどって確認してください。

ラベルや色分けで「間違えようがない」状態を作る

たくさんのチューブが絡まっていると、どれがどれだか分からなくなります。 そんな時は、チューブの根元と手元に「色のついたラベル(識別シール)」を貼りましょう。 「赤は動脈」「青は静脈」「黄色は栄養」といった具合に、一目で分かるようにしておけば、うっかりミスを防ぐことができます。

物理的に繋がらない器具を使う(ハード面の対策)

最近は、「間違いようがない器具」も導入されています。 例えば、飲み薬や栄養剤を入れるための注射器(シリンジ)は、点滴のラインには物理的に「刺さらない形状」になっています。 これなら、どんなに疲れていて間違えようとしても、物理的に接続できません。 こうした「ハード面の対策」がされている器具を使うことは、あなたの注意力を助ける大きな味方になります。

「いつもの棚の薬」が一番怖い? 薬剤師さんがいない時の守り方

病棟の棚に並んでいる「定数配置薬(フロアストック)」。緊急時にすぐ使えて便利ですが、実はここが病院の中で最もセキュリティホール(安全の穴)になりやすい場所なのです。

病棟の薬(フロアストック)には「最後の砦」がいない

通常、医師が薬をオーダーすると、薬局で薬剤師さんが「量は合っているか?」「飲み合わせは大丈夫か?」と厳しくチェック(監査)してくれます。薬剤師さんは、間違いを未然に防ぐ「最後の砦」です。

しかし、病棟の棚にある薬を看護師が直接取り出す場合、この薬剤師さんのチェックを通りません。 医師が間違った指示を出し、看護師がそのまま棚から出してしまったら、誰も止める人がいないのです。 「棚の薬を使う時は、自分が薬剤師さんの代わりもしなきゃいけないんだ」という、高い意識を持つことが必要です。

アレルギー確認は「指示を受けた時」と「準備する時」の2回

過去には、電子カルテに「アレルギーあり」と大きく書かれているのに、見落として投与してしまった事故が何度も起きています。 これを防ぐには、確認のタイミングをルール化するしかありません。

  1. 指示を受けた時:医師から指示が出たら、まず電子カルテのアレルギー欄を見る。「先生、この患者さん〇〇アレルギーですが大丈夫ですか?」と聞く。
  2. 準備する時:棚から薬を取る直前に、もう一度カルテを見る。

「さっき見たから大丈夫」と思わず、しつこいくらいに2回見ることで、見落としの確率はガクンと下がります。

手に取る瞬間に「期限」を指差すクセをつける

富士市の事例のように、使用期限切れの薬を使ってしまうミスは、「薬の名前」だけに集中していると起こります。 人間は「見ようと思ったもの」しか見えません。 棚からアンプルや箱を取り出す時、「名前、ヨシ! 期限、ヨシ!」と、必ず日付の部分を指でなぞってください。 「指差す」という動作を入れるだけで、脳は「おっと、ここも見なきゃいけないんだな」と認識してくれます。


先生と連絡がつかない! そんな時こそ「ルール」があなたを守る

夜間や休日、患者さんの具合が悪いのに主治医と連絡がつかない…。現場で一番胃が痛くなる瞬間です。 新潟の事例では、そんな状況で看護師が独断で動いてしまい、結果として処分を受けました。

独断はNG。必ず医師の署名とルールを守る

「患者さんが痛がっているから」「早く楽にしてあげたいから」 その優しさは素晴らしいですが、だからといって「医師しかやってはいけない仕事(処方や指示)」を看護師が肩代わりしてはいけません。特に医療用麻薬などの危険な薬は、法律で厳しく管理されています。 ルールを破ってまで行った行為は、結果がどうあれ、あなた自身のキャリアを終わらせてしまう可能性があります。「ルールは、患者さんだけでなく、あなた自身を守るためにある」ことを忘れないでください。

どうしようもない時の「相談ルート」を確認しておく

では、連絡がつかない時は見捨てろというのでしょうか? もちろん違います。 「主治医がつかまらない時は、当直医に連絡する」「救急外来の先生に相談する」といった、組織としての「バックアップ体制(相談ルート)」が必ずあるはずです。 新人さんは、入職したら早めに「先生が捕まらない時は、誰に頼ればいいですか?」と先輩に確認しておきましょう。それが心の命綱になります。

記録に残すことが、自分を守ることになる

電話しても出ない、チャットも返ってこない。そんな時は、その事実を細かくカルテに残してください。 「XX時XX分、主治医へPHS連絡するも不通。〇〇先生へ相談し指示を仰ぐ」 記録は、あなたが「やるべき努力をした」という動かぬ証拠になります。自分を責めず、事実を淡々と残すことが、あなたを守る盾になります。


「伝わったつもり」が事故の元。言葉のキャッチボールを見直そう

「言った」「言わない」「そういう意味じゃなかった」。 悲しい医療事故の多くは、こうしたコミュニケーションのすれ違いから始まります。

オウム返し(チェックバック)で聞き間違いをゼロに

口頭で指示を受けた時、ただ「はい、分かりました」と返事をしていませんか? これでは、あなたが正しく聞き取れたかどうか、相手には分かりません。

必ず「オウム返し(チェックバック)」をしましょう。

  • 医師:「アドレナリン 1アンプルいって」
  • あなた:「はい、アドレナリンを 1アンプルですね」
  • 医師:「そうです」

ここまでやって初めて「指示が成立した」と考えます。 もし聞き間違いをしていたら、復唱した時点で相手が「いや、違うよ!」と気づいてくれます。

「いつも通りで」は禁止。曖昧な言葉を使わない

「いつものあれ準備して」「少し増やしておいて」 こうした曖昧な言葉は、事故の元です。「いつも」の定義は人によって違うし、「少し」が1mgなのか10mgなのかは分かりません。

もし先輩や先生が曖昧な言葉を使ったら、勇気を出して具体的な数字に変換して聞き返してください。 「『いつもの』というのは、〇〇mgのことでしょうか?」 これで、お互いの頭の中にあるイメージを一致させることができます。

「ちょっと待って」と言える勇気を持つ

何かおかしい、計算が合わない、患者さんの様子が変だ。 そう感じた時、忙しそうな先生や先輩に「待ってください」と言うのはとても勇気がいります。 でも、その「ちょっと待った!」が、患者さんの命を救う最後のブレーキになることがよくあります。

医療安全の世界では、これを「CUS(カス)」という合言葉で伝えています。

  • Concern(心配です)
  • Uncomfortable(不安です、違和感があります)
  • Safety(安全ではありません!)

「先生、ちょっと計算に不安がある(Uncomfortable)ので、もう一度確認させてください」 この言葉なら、相手を否定せずに作業を一時停止させることができます。あなたの「違和感」は、チーム全体のリスクセンサーなのです。

未来の危険を予知せよ! ゲーム感覚で学ぶ「KYT」トレーニング

「事故が起きてから反省する」のでは遅すぎます。プロの医療者は、事故が起きる前に「未来の危険」の匂いを嗅ぎ取ります。 これを訓練するのが「KYT(K:危険、Y:予知、T:トレーニング)」です。 難しく考える必要はありません。「間違い探しゲーム」のような感覚で、シミュレーションしてみましょう。

KYTってなに? 危険を先読みするシミュレーション

車の運転免許を持っている人は、「かもしれない運転」を習いましたよね? 「あそこの影から子供が飛び出してくるかもしれない」 これの医療版がKYTです。

作業をする前に、一瞬だけ立ち止まって「この状況、どんなミスが起きる可能性がある?」と自問自答する。たったこれだけで、脳は「危険モード」に切り替わり、見落としが劇的に減ります。

【ケース①】計算ミス? 薬の量が多すぎる場面

【状況】 体重10kgの子どもへの抗菌薬投与。計算すると、バイアル(小瓶)が3本必要になりました。

  • 危険の予知(かもしれない):
    • 「子どもの体に3本分も入れて大丈夫か?」
    • 「もしかして、g(グラム)とmg(ミリグラム)を読み間違えているかもしれない
    • 「医師の指示入力ミスかもしれない

【正解アクション】 準備の手を止めて、もう一度計算し直す。あるいは先輩に「量が多すぎる気がするのですが」と相談する。

【ケース②】先輩に「お願い」と頼まれた時の場面

【状況】 忙しそうな先輩から「これ、5号室の田中さんの点滴ね。繋いできて!」と頼まれました。

  • 危険の予知(かもしれない):
    • 「先輩も忙しいから、確認ミスをしているかもしれない
    • 「5号室に、もう一人『田中さん』がいるかもしれない
    • 「私がやることを、患者さんは聞いていないかもしれない

【正解アクション】 「先輩の確認」をリセットしてゼロから考える。必ず患者さんのリストバンドを自分で確認する。

【ケース③】期限もアレルギーも…焦りが重なる場面

【状況】 夜勤帯で急変患者が発生。医師から「棚のアドレナリン急いで!」と指示が飛びました。

  • 危険の予知(かもしれない):
    • 「滅多に使わない薬だから、期限が切れているかもしれない
    • 「焦って、アレルギー情報を誰も見ていないかもしれない
    • 「慌てて、違う濃度の薬を取ってしまうかもしれない

【正解アクション】 焦っている時ほど、「期限ヨシ!アレルギーヨシ!」と声に出して自分を落ち着かせる。

答え合わせ:誰かを責めるのではなく「穴」を見つける

KYTで大切なのは、「誰が悪いか」ではありません。「どんな状況だと間違えやすいか(システムの穴)」を見つけることです。 「焦ると期限を見落としやすいな」「このラベルは似ていて間違えやすいな」 そう気づくことができれば、あなたはもう、事故を未然に防ぐ「安全のプロ」への第一歩を踏み出しています。


失敗は隠さずシェア! 「ヒヤリ」とした体験はチームの財産だ

仕事でミスをしたり、ヒヤッとした時、正直に言うのは怖いですよね。「怒られるんじゃないか」「評価が下がるんじゃないか」と不安になると思います。 でも、医療安全の視点では、「隠すこと」が最大の罪であり、「報告すること」は賞賛されるべき行動です。

怒られるから隠す? それが次の事故を呼ぶ

「ハインリッヒの法則」をご存知でしょうか? 1件の重大事故の裏には、29件の軽微な事故と、300件のヒヤリ・ハット(ヒヤッとした体験)が隠れているという法則です。

あなたが今日経験した「ヒヤッとしたこと」を隠してしまうと、その「穴」は放置されたままになります。 明日、何も知らない同僚が、その穴に落ちて大事故になるかもしれません。 報告書は、反省文ではありません。未来の同僚と患者さんを守るための「危険マップ」作りなのです。

心理的安全性:「言ってくれてありがとう」の文化

優れた医療チームには、「心理的安全性」があります。 これは、「ミスを報告しても、誰も私を責めたりバカにしたりしない」という安心感のことです。

もし後輩が「すみません、間違えそうになりました」と報告してきたら、先輩はこう言うべきです。 「報告してくれてありがとう。おかげで事故にならずに済んだね。どこが分かりにくかったか教えて?」 この「ありがとう」の文化がある職場こそが、本当に安全な病院です。

失敗から学んでシステムを変えていく(PDCA)

報告をして終わりではありません。そこから「どうすれば二度と起きないか」を考え、仕組みを変えます。これをPDCAサイクルと言います。

  • Plan(計画): 似ている薬の置き場所を離そう。
  • Do(実行): 実際に棚を整理してみる。
  • Check(評価): 間違いにくくなったか確認する。
  • Act(改善): もっと良い方法がないか見直す。

個人の「気合い」ではなく、具体的な「環境」を変えていくことだけが、悲しい事故を減らす唯一の道です。


まとめ:明日から現場で使える「命を守る」3つのアクション

長くなりましたが、今日からすぐに使えるポイントは以下の3つだけです。これを胸に刻んで、明日の現場に立ってください。

投与前の「魔の30秒」で必ず立ち止まる

患者さんに薬や点滴を入れる「直前の30秒」だけは、どんなに忙しくても時間を止めてください。 リストバンドを見る、名前を名乗ってもらう、薬のラベルを見る。この最後の砦さえ突破されなければ、患者さんの命は守られます。

指示は復唱、計算は別々に

「耳で聞いたこと」は信じない。必ずオウム返し(チェックバック)をする。 「人の計算」は信じない。必ず自分で計算機を叩く(独立ダブルチェック)。 疑うことは、相手への不信感ではなく、安全への誠実さです。

小さなKYTで「危険センサー」を磨き続ける

仕事に慣れてきた時こそ、「もしかして…?」と自問自答してください。 その小さな違和感(危険予知)が、あなた自身と、あなたの大切な患者さんを救う「魔法の盾」になります。

ミスを恐れすぎず、でも仕組みを過信せず。 「チームで安全を作る」という意識を持って、プロフェッショナルとしての第一歩を踏み出しましょう。

参考元一覧

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