“交換日を忘れる”が重篤事故につながる:胃瘻・腸瘻管理を「記憶」ではなく「仕組み」で安全にする方法

医療現場では、日々多くの処置が行われていますが、「ついうっかり」が患者さんの命に関わる重大な事態を招くことがあります。 今回のテーマは、最近のデータ(GemMed)で焦点が当てられている「胃瘻(いろう)・腸瘻(ちょうろう)の管理」です。

なぜ「交換忘れ」が起きるのか? どうすれば防げるのか? 精神論ではなく、人間工学に基づいた「現場で使える具体的な仕組み」を解説します。

目次

1. データで見る現実:医療事故とヒヤリ・ハットの正体

まずは、客観的なデータから現状を把握しましょう。 医療機能評価機構の「医療事故情報収集等事業 第81回報告書(2025年1–3月)」によると、たった3ヶ月の間にこれだけの報告が寄せられています。

  • 医療事故(実際に患者さんに影響が出たもの):1,256件
  • ヒヤリ・ハット(事故の一歩手前で気づいた事例):6,466件

この事故の内訳を見ると、「治療・処置」や「療養上の世話」など、日々のケアに関わる部分で多く発生しています。 その中でも今回注目すべき分析テーマが「胃瘻・腸瘻の造設・カテーテル交換や管理」です。

「たかがカテーテル管理」ではありません。ここには、医療安全上の大きな落とし穴が潜んでいます。

2. なぜ胃瘻・腸瘻管理で事故が起きるのか

実際に起きている「負の連鎖」

報告書では、以下のようなトラブルが多く報告されています。

  • 交換忘れ:決められた時期を過ぎてしまい、器具が劣化する。
  • 破損・逸脱:劣化したバルーンが体内で破裂したり、カテーテルが抜けてしまう。
  • 腹膜炎:抜けたことに気づかず、あるいは位置がずれたまま栄養剤を注入し、お腹の中(腹腔内)に漏れて重篤な炎症を起こす。

具体事例:思い込みが招く危機

例えば、ある事例では「バルーンが自然に破裂した」→「指示の伝達がうまくいかなかった」→「確認不足のまま注入開始」→「腹膜炎」という連鎖が起きています。 これは一人のミスというよりも、複数の職種や担当者が関わる中で「情報のバトン」を落としてしまった結果です。

背景には、以下の3つの要因があると分析されています。

  1. 連携不足:病棟と外来、医師と看護師の間で情報が共有されていない。
  2. 知識不足:カテーテルの種類ごとの管理方法を知らない。
  3. 患者の認識不足:患者さん自身が「交換が必要」と知らない。

3. 再発防止は「注意」ではなく「設計」で決まる

ここで重要な考え方を共有します。 事故が起きた時、「次はもっと気をつけよう」と反省するだけでは、再発は防げません。

人間工学(ヒューマンファクター)の視点では、「人間の記憶に依存するタスク(作業)は、必ずいつか漏れる」と考えます。 GemMedの記事でも強調されている通り、個人の注意義務だけに頼るのではなく、「ミスが起きようがない仕組み(設計)」を作ることが本質的な解決策です。

「忘れないように努力する」のではなく、「忘れても大丈夫な環境」を作りましょう。

4. 現場で実装できる「5つの鉄壁ガード」

では、具体的にどうすればいいのでしょうか? 明日から病棟や外来で導入できる、実務的な対策を5つ紹介します。

4-1. 情報の置き場所を「固定」する

「あの患者さんの情報はどこ?」と探す時間をゼロにします。 電子カルテ(EHR)の「必ず目に入る固定欄(プロファイル画面など)」や、看護計画、転院サマリーに、以下の情報をセットで記載するルールにしましょう。

  • 造設日
  • カテーテルの種類(メーカー・製品名・サイズ)
  • 最終交換日
  • 次回交換予定日

特に「次回交換予定日」は、転院時のサマリーに必須項目として記載することで、施設間の連携ミスを防げます。

4-2. 「交換日を忘れない」リマインドの多重化

情報を見える化した上で、さらに「忘れない仕掛け」を組み込みます。

  • 予約の先付け:交換が終わったその日に、次回の外来・処置予約を入れてしまう。
  • タスク化:電子カルテのToDoリストや病棟カレンダーにアラートを設定する。
  • 患者共有:患者さんやご家族に「次は〇月頃ですよ」と伝え、双方で管理する。

【参考】交換間隔の目安(製品・施設基準が優先)

  • バルーン型:1〜2か月ごとの交換が一般的
  • バンパー型:4〜6か月程度 ※あくまで目安です。必ず添付文書や施設の基準(クリニカルパス)を確認してください。

4-3. バルーン水(滅菌蒸留水)交換の安全手順

バルーン型カテーテルの管理で最もリスクが高いのが「水の入れ替え」です。

  • 手順のワークシート化:「いつ(曜日)」「何ml(規定量)」交換するかを表にする。
  • 異常時の対応原則:水を入れる時に抵抗があったり、患者さんが痛がったりした場合は、絶対に無理に入れない。また、一度抜いた水を戻さない。テープで固定して抜けないようにし、すぐに医師へ報告する手順を徹底します。
  • 残量確認:抜いた水の量が極端に減っていないか確認することで、バルーンの破損(ピンホール)を早期に発見できます。

4-4. 物品管理:ボタン型接続チューブの罠

意外と多いのが、退院・転院時に「栄養剤をつなぐチューブ(接続チューブ)」を持たせ忘れるミスです。

  • 区分の明確化:「洗浄して再利用するもの」と「使い捨て(ディスポ)のもの」を明確にする。
  • 退院時チェック:退院時の持ち物リストに「接続チューブ」を組み込み、看護師・MSW・家族でダブルチェックする体制を作ります。

4-5. コミュニケーションの型:SBAR(エスバー)

緊急時や他科へのコンサルト(相談)時に、情報の伝え漏れを防ぐため、SBARという型を使いましょう。

  • S (Situation/状況):「カテーテルが抜けました」「交換時期を過ぎています」
  • B (Background/背景):「前回交換は〇月です」「バルーン破損の疑いがあります」
  • A (Assessment/評価):「瘻孔(穴)が塞がるリスクがあります」
  • R (Recommendation/提案):「至急、診察と交換をお願いします」

この型を使うことで、医師や多職種に「何をしてほしいか」が的確に伝わります。

5. 学習する組織へ:インシデント報告の本当の役割

最後に、インシデント(ヒヤリ・ハット)報告の意味について触れておきます。 報告書を書くのは面倒で、怒られるような気がするかもしれません。しかし、報告の目的は個人の責任追及ではありません。

  • med-safe(医療機能評価機構):全国から事故・ヒヤリハット情報を収集し、分析して再発防止策を提供する事業を行っています。
  • WHO(世界保健機関):報告と学習のシステムこそが、医療安全改善の鍵であるとしています。

「報告する」ことは「チームに危険を教える」ことであり、それが学習と改善(手順の見直しや標準化)につながるのです。


まとめ:明日からの実装チェックリスト

胃瘻・腸瘻管理の安全は、一人ひとりの注意力ではなく、チーム全体の「仕組み」にかかっています。 以下の項目が自部署でできているか、確認してみましょう。

  • [ ] 情報の固定:EHRの定位置に「次回交換日」が記載されているか?
  • [ ] リマインド:次回の予約やタスク入力は「交換直後」に行われているか?
  • [ ] 患者共有:患者・家族に交換時期と重要性が伝わっているか?
  • [ ] 標準手順:バルーン水交換の量・手順・異常時対応が決まっているか?
  • [ ] 物品管理:退院時に接続チューブを忘れないチェック体制があるか?
  • [ ] 連携:重要・緊急連絡にSBARを活用できているか?
  • [ ] 学習:インシデントを隠さず、改善の材料として報告しているか?

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