第1期医療不信・情報公開・患者の権利の時代


1980年代〜1990年代

この時期は、医療安全を考えるうえで重要な土台が作られた時代です。

ここで扱うのは、病院内の確認ミスだけではありません。
薬害、情報公開、患者の権利、終末期医療の意思決定など、医療と社会の関係そのものが問われた出来事です。

医療安全は、現場の注意だけで守れるものではありません。
危険情報を隠さず共有すること、患者の意思を尊重すること、医療者が一人で重大な判断を抱え込まないことも、医療安全の大切な一部です。


1980年代前半〜1996年 薬害エイズ

主なテーマ

薬害/血液製剤/行政/製薬企業/情報公開/リスクコミュニケーション

何が起きたのか

薬害エイズでは、主に1980年代前半、非加熱血液製剤を使用した血友病患者にHIV感染被害が生じました。

社会福祉法人はばたき福祉事業団の整理では、厚生省が承認した非加熱血液製剤にHIVが混入していたことにより、主に1982年から1985年にかけて、血友病患者の約3割、約1400人がHIVに感染したとされています。

その後、1989年に東京と大阪で損害賠償訴訟が起こされ、1996年3月に和解が成立しました。

なぜ問題になったのか

この事例は、単純な「薬の投与ミス」ではありません。

危険な非加熱血液製剤が使用され続けたこと、加熱製剤の認可後も非加熱製剤がただちに回収されなかったこと、危険性に関する情報が患者や社会に十分届かなかったことが問題となりました。

医療安全の視点では、次の点が重要です。

  • 危険情報を早く把握すること
  • 危険情報を隠さず共有すること
  • 患者・家族へ説明すること
  • 行政、企業、専門家、医療機関が責任をもって対応すること
  • 被害が出たあとも、検証と再発防止につなげること

学ぶこと

医療安全は、病院内の確認だけでは守れません。

薬剤や製剤の安全性、行政判断、企業責任、情報公開、患者への説明も、医療安全の一部です。

この事例から学ぶ中心は、

リスク情報を「知っていた人」だけで止めない。
必要な人に、必要な時期に、正確に届ける。

ということです。

参考元

社会福祉法人はばたき福祉事業団
「薬害エイズ事件のあらまし」
https://www.habatakifukushi.jp/record/aids/
参照日:2026年5月9日


1991年 東海大学病院事件

いわゆる東海大学安楽死事件

主なテーマ

終末期医療/治療行為の中止/患者本人の意思/家族の希望/苦痛緩和/積極的安楽死

何が起きたのか

1991年、東海大学病院で、末期患者に対する治療行為の中止、苦痛緩和のための対応、さらに生命を短縮させる薬剤投与をめぐる事件が起きました。

この事件は、医師による安楽死事件として裁判で争われ、日本の終末期医療、患者本人の意思確認、家族の希望、医療者の判断手順を考えるうえで重要な事例となりました。日本学術会議資料でも、1991年に発生した東海大学病院事件は、わが国で初めて医師による安楽死事件として裁判で争われた事例とされています。

なぜ問題になったのか

終末期医療では、次のような判断が重なります。

  • どこまで治療を続けるのか
  • 苦痛をどう緩和するのか
  • 患者本人の意思をどう確認するのか
  • 本人が意思表示できない場合、家族の希望をどう扱うのか
  • 医療者はどのような手順で判断すべきか

この事件では、患者本人の明確な意思確認、家族の希望、苦痛緩和の選択肢、医師の判断の範囲が大きな論点になりました。

学ぶこと

終末期医療では、医療者が一人で重大な判断を抱え込んではいけません。

必要なのは、本人の意思確認、家族との話し合い、苦痛緩和の検討、多職種でのカンファレンス、判断過程の記録です。

現在の厚生労働省ガイドラインでは、本人が医療・ケアチームと十分に話し合い、本人による意思決定を基本とすること、多専門職種で構成される医療・ケアチームで方針を決定することが示されています。

この事例から学ぶ中心は、

終末期医療では、「何をしたか」だけでなく、
「誰と話し合い、どのように判断し、どう記録したか」が重要になる。

ということです。

参考元

厚生労働省掲載資料/日本学術会議
「終末期医療のあり方について」
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/10/dl/s1027-12g.pdf
参照日:2026年5月9日

厚生労働省
「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000197721.pdf
参照日:2026年5月9日

UMIN終末期医療資料
「東海大学安楽死事件 横浜地裁判決」
https://square.umin.ac.jp/endoflife/shiryo/pdf/shiryo03/04/312.pdf
参照日:2026年5月9日


1995年 東海大学安楽死事件 横浜地裁判決

主なテーマ

終末期医療の法的判断/積極的安楽死/患者本人の意思/代替手段/意思決定プロセス

何が起きたのか

1995年3月28日、横浜地方裁判所は、東海大学安楽死事件について有罪判決を出しました。

UMIN終末期医療資料に掲載されている判決資料では、判決日付は平成7年3月28日、裁判所名は横浜地裁、事件名は「東海大学安楽死事件」、判決結果は有罪とされています。

判決で何が示されたのか

判決では、末期患者に対する治療行為の中止、家族の意思表示から患者の意思を推定すること、医師による積極的安楽死の許容要件などが論点になりました。

判決資料では、医師による末期患者への致死行為が、積極的安楽死の許容要件を満たすものではないとされた事例として整理されています。

また、日本学術会議の2008年資料では、横浜地裁判決が示した四要件を満たして適法とされた積極的安楽死の事例は、同資料時点で本邦にはないと説明されています。

この事例で大事なこと

この判決から学ぶべきことは、判決の要件を暗記することだけではありません。

医療安全の視点では、次の点が重要です。

  • 患者本人の意思をどう確認するか
  • 家族の希望と本人の意思をどう区別するか
  • 苦痛緩和の選択肢を尽くしたか
  • 医療者が一人で判断していないか
  • 多職種で検討したか
  • 話し合いと判断を記録したか

なお、「記録」や「多職種での判断」は、1995年判決の四要件そのものではありません。
これは現代の医療安全・終末期医療における意思決定プロセス上の学びとして位置づけます。

厚生労働省ガイドラインでは、話し合った内容をその都度文書にまとめること、判断が困難な場合には複数の専門家による話し合いの場を別途設置することが示されています。

学ぶこと

終末期医療では、結果だけではなく、意思決定のプロセスが問われます。

医療者が患者・家族と向き合うことは大切です。
しかし、重大な判断ほど、個人の善意や責任感だけに頼らず、チームと仕組みで支える必要があります。

この判決から学ぶ中心は、

本人の意思確認、苦痛緩和、多職種での検討、話し合いの記録を、
仕組みとして整える必要がある。

ということです。

参考元

UMIN終末期医療資料
「東海大学安楽死事件 横浜地裁判決」
https://square.umin.ac.jp/endoflife/shiryo/pdf/shiryo03/04/312.pdf
参照日:2026年5月9日

厚生労働省掲載資料/日本学術会議
「終末期医療のあり方について」
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/10/dl/s1027-12g.pdf
参照日:2026年5月9日

厚生労働省
「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000197721.pdf
参照日:2026年5月9日


第1期のまとめ

第1期は、医療安全の前史として、信頼・情報公開・患者の権利・意思決定を扱う時代です。

この時期から見える医療安全のテーマは、次の3つです。

1. 情報公開

薬害エイズは、危険情報が必要な人に届かなかったとき、被害が拡大することを示しました。

2. 患者の権利

患者は、医療を受けるだけの存在ではありません。
説明を受け、自分の医療について意思を表明する主体です。

3. 終末期医療の意思決定

終末期医療では、患者本人の意思、家族の希望、苦痛緩和、医療者の判断、法的責任が重なります。
だからこそ、話し合い、記録、多職種での検討が必要です。


この第1期で伝えたいこと

医療安全は、
「ミスをしないように注意すること」だけではありません。

情報を隠さないこと。
患者の意思を尊重すること。
一人で判断しないこと。
苦しみを抱えた人の声を、仕組みとして受け止めること。

これらも、医療安全の大切な一部です。


第1期の参考資料一覧

  1. 社会福祉法人はばたき福祉事業団
    「薬害エイズ事件のあらまし」
    https://www.habatakifukushi.jp/record/aids/
    参照日:2026年5月9日
  2. 厚生労働省掲載資料/日本学術会議
    「終末期医療のあり方について」
    https://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/10/dl/s1027-12g.pdf
    参照日:2026年5月9日
  3. 厚生労働省
    「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」
    https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000197721.pdf
    参照日:2026年5月9日
  4. UMIN終末期医療資料
    「東海大学安楽死事件 横浜地裁判決」
    https://square.umin.ac.jp/endoflife/shiryo/pdf/shiryo03/04/312.pdf
    参照日:2026年5月9日