第5期 医療事故調査制度後:公表事例と再発防止の時代

2015年10月〜現在

第5期は、2015年10月に医療事故調査制度が始まった後、実際に発生・公表された医療事故から、再発防止を考える時代です。

この時期には、病院が事故概要や調査報告書を公表する事例、自治体や第三者委員会が検証する事例、病院ガバナンスや報告しづらい組織風土が問題となる事例が見られます。

ここでは、個別の病院や個人を責めるためではなく、同じ事故を繰り返さないために、実際に公表された事例から学びます。


2016年・2018年・2022年発生/2024年公表 東海中央病院 肝切除術中死亡事例

主なテーマ

高難度手術/肝切除/術中大量出血/出血性ショック/手術適応/医療安全部門への報告

何が起きたのか

東海中央病院では、2016年2月、2018年8月、2022年2月に、肝切除術を受けた患者が術中に死亡する事案が発生しました。

病院は、医療事故調査制度に基づき、外部調査委員を含めた医療事故調査委員会を設置し、調査結果を医療事故調査・支援センターへ報告したことを公表しています。

公表資料では、2018年事案と2022年事案について、肝切離中の静脈損傷、大量出血、出血性ショックが記載されています。

なぜ問題になったのか

肝切除のような高難度手術では、術中出血は致命的な結果につながることがあります。

この事例では、手術手技だけでなく、次の点が重要になります。

  • 手術適応は妥当だったか
  • 術前に出血リスクを十分評価していたか
  • 大量出血時の応援体制があったか
  • 輸血・麻酔・外科的バックアップが準備されていたか
  • 死亡事例が医療安全部門に速やかに共有されていたか
  • 同種事例が繰り返されたときに、組織として止められたか

学ぶこと

この事例から学ぶ中心は、

高難度手術は、術者個人の技量だけで守らない。
適応判断、出血時対応、応援要請、医療安全部門への報告を、病院全体の仕組みにする。

ということです。

高難度手術では、手術を「できるか」だけでなく、出血や急変が起きたときに「支えきれる体制があるか」を確認する必要があります。

参考元

公立学校共済組合 東海中央病院
「当院で発生した医療事故について」
https://www.tokaihp.jp/news/file/ffa924f2be6ac08ebb6231e0badf3de0de06da76.pdf
参照日:2026年5月9日


2019年頃〜2023年検証 赤穂市民病院 脳神経外科手術関連医療事故

主なテーマ

脳神経外科手術/ガバナンス/報告しづらい組織風土/医療事故報告/手術停止権限/院内事故調査

何が起きたのか

赤穂市民病院では、脳神経外科手術に関連する医療事故や合併症の扱い、医療事故報告、院内事故調査、手術中止指示、病院ガバナンスが検証対象となりました。

ガバナンス検証報告書では、脳神経外科側の「合併症であり医療事故ではない」とする認識と、病院側の「合併症か否かにかかわらず医療事故報告が必要」とする認識の不一致が指摘されています。

また、院内事故調査委員会の開催の遅れ、2種類の報告書の受理、手術中止指示の範囲が不明確だったことなどが問題として整理されています。

なぜ問題になったのか

重大な手術関連事例が発生したとき、診療科内だけで判断すると、病院全体としての安全管理が機能しにくくなります。

この事例では、次の点が重要になります。

  • 合併症と医療事故の判断基準を院内で共有していたか
  • 重大事例を医療安全部門に報告できていたか
  • 院内事故調査委員会が速やかに機能していたか
  • 手術を止める権限と範囲が明確だったか
  • 報告しづらい組織風土がなかったか
  • 医療安全マニュアルが実際に機能していたか

学ぶこと

この事例から学ぶ中心は、

重大事例を診療科内で抱え込まない。
医療事故報告、院内調査、手術停止判断、外部検証を、病院の仕組みとして機能させる。

ということです。

医療安全では、「合併症だから報告しない」ではなく、予期しない重篤な結果を病院全体で検証する姿勢が必要です。

参考元

赤穂市民病院
「赤穂市民病院ガバナンス検証委員会報告書」
https://amh.ako.hyogo.jp/wp-content/uploads/2023/10/ae29d1447fabe7007ca7ac21e367e9d1.pdf
参照日:2026年5月9日

赤穂市民病院
「第2回 赤穂市民病院ガバナンス検証委員会 議事録」
https://amh.ako.hyogo.jp/wp-content/uploads/2023/10/f5f6841d853859166b173fdbe9dd3fbd.pdf
参照日:2026年5月9日


2019年見落とし/2021年死亡/2022年公表 桑名市総合医療センター 画像診断見落とし事例

主なテーマ

画像診断/CT見落とし/膵臓がん/治療遅れ/読影体制/結果確認

何が起きたのか

桑名市総合医療センターでは、2019年に造影CT検査等を行い、その後、腹腔鏡下胆のう摘出術が実施されました。

2021年1月、患者から他院で膵臓がんステージ4と診断されたとの連絡があり、2019年のCT画像を確認したところ、膵臓がんの見落としが判明しました。

患者は2021年2月に死亡したと病院が公表しています。

なぜ問題になったのか

画像診断は、撮影しただけでは安全につながりません。

この事例では、次の点が重要になります。

  • CT画像の読影体制は十分だったか
  • 検査目的以外の重要所見を拾い上げられたか
  • 主治医と読影医の情報共有が機能していたか
  • 画像所見を診療方針へ反映できたか
  • 見落とし発覚後の説明・調査・再発防止が行われたか

病院は、再発防止として非常勤放射線医師を増やし、1症例の画像に対して時間をかけて読影する体制を取ることにしたと公表しています。

学ぶこと

この事例から学ぶ中心は、

画像は撮って終わりではない。
読影、確認、重要所見の共有、患者対応までを仕組みにする。

ということです。

画像診断では、検査目的以外の重要所見も患者の予後に直結します。
画像診断報告書や読影結果を、誰が確認し、どう対応するかまで決めておく必要があります。

参考元

桑名市総合医療センター
「当院において発生した医療事故について」
https://www.kuwanacmc.or.jp/2022/12/21/20058/
参照日:2026年5月9日


2021年発生/2024年公表 千葉県がんセンター 糖尿病性ケトアシドーシス死亡事例

主なテーマ

ステロイド高血糖/糖尿病性ケトアシドーシス/がん治療/血糖確認/多職種連携

何が起きたのか

千葉県がんセンターでは、がん治療中の患者が糖尿病性ケトアシドーシスによる多臓器不全で死亡した事例について、院内医療事故調査報告書の概要を公表しました。

報告書では、慢性的な高血糖状態の中でステロイドが増量されたことが誘因となり、糖尿病性ケトアシドーシスを発症し、多臓器不全に進展したと整理されています。

また、長期ステロイド使用中に定期的な血糖測定が実施されていなかったこと、高血糖状態に対して治療介入がされなかったことが適切でないと判断されています。

なぜ問題になったのか

ステロイドは、がん治療や脳浮腫、症状緩和などで使用されます。
しかし、ステロイド使用中は高血糖や糖尿病性ケトアシドーシスのリスクがあります。

この事例では、次の点が重要になります。

  • ステロイド使用中の血糖確認が標準化されていたか
  • がん治療中でも糖尿病リスクを評価できていたか
  • 外来・電話相談で高血糖の兆候を拾えたか
  • 医師・看護師・薬剤師・糖尿病チームが連携できていたか
  • 異常値を治療介入につなげられたか

千葉県がんセンターは、再発防止として、ステロイド使用・がん薬物療法中患者の定期的な血糖測定の義務化、多職種による血糖確認体制、標準化された高血糖・低血糖対応などに取り組むとしています。

学ぶこと

この事例から学ぶ中心は、

ステロイド使用中は、血糖を見落とさない。
がん治療中でも、血糖確認と高血糖対応を標準手順にする。

ということです。

糖尿病性ケトアシドーシスは、早期に気づけば対応できる可能性があります。
血糖値を「測る」「見る」「対応する」までを多職種で仕組みにする必要があります。

参考元

千葉県がんセンター
「医療事故調査報告書 調査報告書概要」
https://www.pref.chiba.lg.jp/gan/press/2024/documents/jikotyousasyo.pdf
参照日:2026年5月9日

千葉県
「千葉県がんセンターにおけるアクシデントの発生について」
https://www.pref.chiba.lg.jp/gan/press/2024/iryoujiko-20241213.html
参照日:2026年5月9日


2023年発生/2024年公表 池上総合病院 心筋生検時右室穿孔死亡事例

主なテーマ

心筋生検/心臓カテーテル検査/右室穿孔/心タンポナーデ/同意/術後管理/急変対応

何が起きたのか

池上総合病院では、2023年9月、心臓カテーテル検査中の心筋生検時に右室穿孔が生じ、出血による心タンポナーデ、循環動態の悪化、DICを併発しました。

治療により一時小康状態となったものの、多臓器不全に移行し、約1か月後に死亡したと公表されています。

病院の公表資料では、心筋生検の同意が得られていない状態で施行していたこと、心筋生検施行において技術的な問題がある可能性、処置後に集中治療室等ではなく一般病棟へ帰室したこと、外科的処置の機会逸失、ドレーン閉塞時の対応遅れ、当直体制、急変後の気道確保などが検証されています。

なぜ問題になったのか

心筋生検は、診断目的の検査であっても、右室穿孔や心タンポナーデなどの重大合併症を起こし得る侵襲的手技です。

この事例では、次の点が重要になります。

  • 心筋生検について同意が得られていたか
  • 検査中の合併症リスクを想定していたか
  • 合併症発生後の集中管理体制が適切だったか
  • 一般病棟帰室でよかったのか
  • 外科的介入の判断が遅れていないか
  • 急変時の気道・循環管理が機能したか
  • 事故後説明と再発防止策が整理されたか

学ぶこと

この事例から学ぶ中心は、

侵襲的検査は、検査であっても重大事故になり得る。
同意、適応、技量、合併症対応、術後管理場所を事前に決めておく。

ということです。

検査後に急変し得る手技では、「処置が終わったから安全」ではありません。
検査後の観察場所、応援体制、外科的バックアップ、急変時対応を含めて安全設計が必要です。

参考元

池上総合病院
「池上総合病院医療事故に係る公表について」
https://ikegamihosp.jp/wp/wp-content/uploads/0adc98c0969af8df67d96d260ee79e06.pdf
参照日:2026年5月9日


2023年発生/2026年公表 神奈川県立精神医療センター 隔離中患者イレウス死亡事例

主なテーマ

精神科医療/隔離/身体合併症/便秘/イレウス/嘔吐/観察/医師診察

何が起きたのか

神奈川県立精神医療センターでは、2023年5月、隔離対応中の患者が嘔吐後に心肺停止となり、搬送先で死亡した事例について、院内医療事故調査報告書を公表しました。

報告書では、患者は腹痛を訴えていた慢性便秘症の患者で、嘔吐の後に心肺停止となり死亡した事例とされています。

死体検案書上の直接死因はイレウスであり、報告書ではイレウスを起点として死亡に至ったという前提で医学的検証が行われています。

報告書では、便秘症対策について院内ルールや指標がなかったこと、医師による腹部診察がほとんど行われていなかったこと、エックス線で便塊停滞を確認した後も効果確認の診察や検査が十分でなかったこと、死亡前日の訴えや状態が精神症状や甘えと捉えられ、身体評価につながらなかったこと、嘔吐を身体急変のサインと捉えず医師への報告が遅れたことが指摘されています。

なぜ問題になったのか

精神科医療では、精神症状や行動上の問題に注目が集まり、身体疾患のサインが見逃される危険があります。

この事例では、次の点が重要になります。

  • 便秘を身体リスクとして評価していたか
  • 腹痛、嘔吐、食事摂取低下を身体急変のサインとして扱えたか
  • 隔離中でも身体観察が十分だったか
  • 医師診察や検査につながる基準があったか
  • 精神症状と身体症状を切り分けて評価できたか
  • 看護師と医師の情報共有が機能していたか

学ぶこと

この事例から学ぶ中心は、

精神科でも身体疾患は進行する。
腹痛、嘔吐、便秘、食事摂取低下を精神症状で片づけず、身体評価につなげる。

ということです。

隔離中の患者ほど、訴えが届きにくくなります。
観察項目、医師報告基準、腹部診察、検査判断を標準化する必要があります。

参考元

神奈川県立精神医療センター
「院内医療事故調査報告書」
https://seishin.kanagawa-pho.jp/data/media/kishahappyou/houkokusho20260330.pdf
参照日:2026年5月9日

神奈川県立精神医療センター
「令和5年5月に発生した医療事故について」
https://seishin.kanagawa-pho.jp/data/media/kishahappyou/kishahappyou20260330.pdf
参照日:2026年5月9日


2023年発生/2024年公表・報道 日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院 SMA症候群死亡事例

主なテーマ

上腸間膜動脈症候群/SMA症候群/嘔吐/脱水/救急外来/再診対応/診断遅れ

何が起きたのか

日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院は、上腸間膜動脈症候群、いわゆるSMA症候群に対して適切な治療ができず、高度脱水が進行し、心停止に至り死亡した医療過誤を公表しています。

なぜ問題になったのか

SMA症候群は、嘔吐や腹痛、食事摂取困難、体重減少などを契機に疑う必要があります。
若年者ややせた患者の嘔吐・腹痛では、脱水や電解質異常が急速に悪化することがあります。

この事例では、次の点が重要になります。

  • 嘔吐や食事摂取困難を軽症と判断していなかったか
  • 脱水の進行を評価できていたか
  • 再診時・救急外来で悪化を拾えたか
  • 画像検査や専門科連携につなげられたか
  • 帰宅判断や経過観察指示が適切だったか
  • 若年患者でも重症化する可能性を共有できていたか

学ぶこと

この事例から学ぶ中心は、

嘔吐と脱水を軽く見ない。
再診、摂食困難、体重減少、循環不全のサインがあれば、重症化を疑う。

ということです。

救急・外来では、初回診療だけでなく、再診時の悪化サインを拾う仕組みが重要です。

参考元

日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院
「SMA症候群を適切に治療できなかったことにより死亡に至らせた事例」
https://www.nagoya2.jrc.or.jp/content/uploads/2024/06/fdc0e7650fffff257ce52946c42b3c79.pdf
参照日:2026年5月9日


第5期のまとめ

第5期は、医療事故調査制度後に、実際に発生・公表された医療事故から、病院全体の再発防止を考える時代です。

この時期から見える医療安全のテーマは、次の5つです。

1. 高難度手術は病院全体で管理する

東海中央病院の肝切除術中死亡事例、赤穂市民病院の手術関連事例は、手術の安全を術者個人に任せるだけでは不十分であることを示しています。

2. 画像や検査結果は、確認されて初めて安全になる

桑名市総合医療センターの画像診断見落とし事例は、画像が存在していても、読影・確認・対応につながらなければ患者安全にならないことを示しています。

3. 慢性疾患・薬剤影響・身体合併症を見逃さない

千葉県がんセンターの糖尿病性ケトアシドーシス事例、神奈川県立精神医療センターのイレウス死亡事例は、血糖、便秘、腹痛、嘔吐などの身体サインを見逃さない重要性を示しています。

4. 検査や処置にも重大合併症がある

池上総合病院の心筋生検時右室穿孔事例は、診断目的の検査であっても、同意、技量、急変対応、術後管理が不十分なら重大事故につながることを示しています。

5. 外来・救急では再診と悪化サインを拾う

名古屋第二病院のSMA症候群事例は、嘔吐、摂食困難、脱水、再診というサインを軽視しないことの重要性を示しています。


この第5期で伝えたいこと

第5期で一番大切なのは、次のことです。

公表された事故を、誰かを責める材料にしない。
同じ事故を繰り返さないために、自施設の仕組みを見直す教材にする。

手術中の大量出血。
画像診断の見落とし。
ステロイド高血糖。
心筋生検の合併症。
精神科隔離中の身体疾患。
嘔吐・脱水の重症化。
医療安全部門への報告遅れ。
院内事故調査の遅れ。

これらは、どれも現場で起こり得る事故です。

だからこそ、過去の事例を、明日の患者を守るための教材に変える必要があります。


第5期の参考資料一覧

  1. 公立学校共済組合 東海中央病院
    「当院で発生した医療事故について」
    https://www.tokaihp.jp/news/file/ffa924f2be6ac08ebb6231e0badf3de0de06da76.pdf
    参照日:2026年5月9日
  2. 赤穂市民病院
    「赤穂市民病院ガバナンス検証委員会報告書」
    https://amh.ako.hyogo.jp/wp-content/uploads/2023/10/ae29d1447fabe7007ca7ac21e367e9d1.pdf
    参照日:2026年5月9日
  3. 赤穂市民病院
    「第2回 赤穂市民病院ガバナンス検証委員会 議事録」
    https://amh.ako.hyogo.jp/wp-content/uploads/2023/10/f5f6841d853859166b173fdbe9dd3fbd.pdf
    参照日:2026年5月9日
  4. 桑名市総合医療センター
    「当院において発生した医療事故について」
    https://www.kuwanacmc.or.jp/2022/12/21/20058/
    参照日:2026年5月9日
  5. 千葉県がんセンター
    「医療事故調査報告書 調査報告書概要」
    https://www.pref.chiba.lg.jp/gan/press/2024/documents/jikotyousasyo.pdf
    参照日:2026年5月9日
  6. 千葉県
    「千葉県がんセンターにおけるアクシデントの発生について」
    https://www.pref.chiba.lg.jp/gan/press/2024/iryoujiko-20241213.html
    参照日:2026年5月9日
  7. 池上総合病院
    「池上総合病院医療事故に係る公表について」
    https://ikegamihosp.jp/wp/wp-content/uploads/0adc98c0969af8df67d96d260ee79e06.pdf
    参照日:2026年5月9日
  8. 神奈川県立精神医療センター
    「院内医療事故調査報告書」
    https://seishin.kanagawa-pho.jp/data/media/kishahappyou/houkokusho20260330.pdf
    参照日:2026年5月9日
  9. 神奈川県立精神医療センター
    「令和5年5月に発生した医療事故について」
    https://seishin.kanagawa-pho.jp/data/media/kishahappyou/kishahappyou20260330.pdf
    参照日:2026年5月9日
  10. 日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院
    「SMA症候群を適切に治療できなかったことにより死亡に至らせた事例」
    https://www.nagoya2.jrc.or.jp/content/uploads/2024/06/fdc0e7650fffff257ce52946c42b3c79.pdf
    参照日:2026年5月9日